不動産
Text

1/29

まず想像の中の自分があって、それと自分自身との乖離を埋めるために僕は文章を書き始めたのだった。

自分以外のものを言葉で埋めて自分自身を浮き彫りにしたかった。が、いくら言葉を尽くしても何か絶対に埋まらない自分の周りの死角のようなものがあると気付いてしまった。

だから文章を書くのをやめた。というのは嘘で、ほんとはただどうでもよくなってしまったからだ。

遡ること約5ヶ月前、地下のクラブで熱狂的なビートが流れていたあの日、僕がMさんを見つけて話かけた瞬間、Mさんは獣を見るような目で僕を見て恐怖の表情を浮かべ体を硬直させていた。さながらマグロのようだった。大間の。

ビートが鳴り止んだ真っ暗な部屋の中、スポットライトに照らされた、大間のマグロと僕。

というのは後から僕が現実から逃れるために妄想に耽った中のMさんの姿で、実際はその場には只々嫌悪感の余り動けないMさんの姿があっただけだ。

しかし妄想の中でのその光景の不気味な無意味さ。僕はなぜかそれに魅かれた。その妄想の中でMさんのことはどうでもよくなった。

ミクロな目で物事を見つめていくと元々の意味が反転して無意味になる。そこに快楽を伴うカタルシスがある。

僕はMさんが動けない様という細部を見つめてそれを硬直したマグロに変換することで、Mさんの存在を無意味化した。ミクロのマグロ。大間の。

その日以来、現実を直視しない手段として僕は無意味な事のカタルシスに浸り続けた。

ハンバーグを焼かずにひたすらこね、挙げ句の果てに部屋に投げ散らかしたり、浴場で陰茎を湯船に浮かべて薄ら笑いを浮かべたり、猿のような奇声をあげて猿股で青梅街道を爆走したり、して、僕はとても気持ちよかった。

が、それと同時にそれを批判的な目で見る自分もいた。現実から完全に逃避するというのは難しい。次第に批判的な自分が猿のような自分より支配的になっていったので僕はもうそういった無意味な事を止めた。

一度無意味の快楽的な世界から抜け出してみると、厳然たる現実がしっかりとそこにある、というのが以前より明瞭に認識された。

厳然とした現実は本当に厳然としていて、見ようとすればするほど厳然だ。泣きそうなぐらいに。僕の身近な現実も世の中の現実も、以前よりさらにひどい現実になっていた。

しかしひどい現実に対して具体的に何かしようという意識はまだ僕には働かない。

だからとりあえずまた文章を書いてみることにした。現実と自分自身を測定する手段として。

具体的な行動は何も出来なくても、僕はとりあえず現実を客観的に認識してみる。身近な事から。

家賃を12ヶ月滞納している事、今現在職がない事、貯金が底を尽きそうな事、もうすぐ30になる事、それなのにまだ母親から仕送りを貰っている事。

Mさんの、僕を獣を見るような、憎しみさえこもったような目を明瞭に思い出しながら。

マクロの目で。

Text

8/24

主観でものを語るなというのは、どうしようもなく答えが見つからないことだからそれはそっとどこかにしまっておく。

僕はいつのまにか様々なビートに巻き込まれていた

吃驚するまでに本当に様々なビートにだ。

まるで楽園の様な陽気なビートから、ドンドンドンと心体の底を抉るような凶器じみたビート。晩夏のみぎりの寂しさを感じさせるような憂憂しいビート。自分を痣け笑うビート。操り操られるビート。興味を持たれるビート。興味を持てないビート。殺したいビート。信じられないビート。裏切り裏切られるビート。とてつもなく大きいビートから真っ白い、何にもない部屋でそれだけを捉えようと耳を澄まして1日過ごしても捉えられるかわからないぐらいの本当に本当に小さいビートまでそれは本当に沢山あった。

僕は気づかないうちに大変な数のビートに巻き込まれていた

割と疲れた。結構疲れた。いや、ほんとにもうまじですっげー疲れた。あれれってぐらい疲れた。だけどまだまだ全然鳴り止まないビートサウンド。

僕は黙って立ち尽くして、それらのビートをわざとスルーしていた訳じゃない。

見つからなかったんだ、

何も、何一つとしても

クラブシーンという言葉を初めて聞いたのはそれはそれはまだまだ、大江戸線がとてもとても深い位置にある乗り物だとも、メロンとハムを一緒に食べる人間がいるだなんてことも知らない小さい時で、僕はただただその言葉を一つの風の様に捉えてた。

さーっと流れた風。ざーっと流れる風。ざばばばばーと流れる風。ぴゅるぴゅるぴゅるるるると流れる風。種類は沢山あるけれど、その風は1番普遍的で1番感情がないそんな風だった。

その頃は、毎日にまだいろいろな風が吹いていて、まだ色んな風を新鮮に感じ取れることができていた。全てのものが鮮明でもの新しくて、興味から恐怖、色んなものを感じることが出来た。

だが今は違う。

今は空虚だ。

風なんて滅多なことがないと吹かないし、吹いたとしてもそれはすべて、あの頃に感じたクラブシーンという風と同じような1番普遍的で1番感情がない=僕にとっては興味がない。そういう風だ

興味から恐怖までをも、感じとれていた日々から一転し、毎日が空虚。

そんな日々だ。

そういうことは

すごく辛く、そして、すっごく恐怖なのだ。

ー[

もの凄い夥しい数のビートの中で、僕が立っている、そこだけが何故だか止まっているように感じた。というか少し寂しい何かに包まれていたような気がした。

寂しい何かというか、自分で作ったケースみたいなものに包まれ、そしてそこに隠れていた。

というか隠れている。

それはとても強固で、それはとてもとても明るくもあり、それはまた、とてもとても暗くもあるケースだ

ケースだ

ケースだ

それが僕の家だ。

僕が建てた誰にも邪魔されない僕が住む僕だけの家だ。

この家は僕にしか開けることが出来ないし、壊すことも出来ない。

そもそもドアなんてものはないし、作ってもいない。

]ー

寂しい目で何かを見つめていたら、寂しさが薄れていった訳でもなくて、寂しさが消えていった訳でもなくて、それはしっかりここからずっと延長戦上に伸びていった僕から見えない遠い遠いところまでその力は及んでいった。

ものすごく練っとりした気体のようなものに包まれて死んだ方がましだ、その時はそう感じた。

毛頭、狂いようのない事実だった、本当に。

その時はどう感じたのか、その時はどう思ったのか。そんなもの全て過去のものだ。

「その時はそう感じた。」

それも全て全てその時のものだ。

そんなものと戦っていたって意味がない。

過去を引きずるな、

ただそれだけのことだ。

でもまあ、これがなかなかうまくいかないんだ、人間は

人間は変なところだけ頭がいい。

でも、やっぱりそうだ

僕はまだ全然いろいろ何がなんだかわからない。

色んなビート色んなビート、ほんと色んなビート

僕はその中から、まだ1つもピシャッとハマるものを見つけることが出来ないでいる

僕はどれに乗りたいのか

僕が乗りたいビートはあるのだろうか

僕が乗りたいビートは誰かが作ってくれるのだろうか

僕が乗りたいビートは誰も作ってくれないのだろうか

果たしてMさんは、僕が乗りたいビートを刻んでくれるのだろうか。。。

熱狂的なダンスフロアーで何かのビートに乗りながら踊るMさんに僕は、傾れ掛かりながら呟いた

「いい加減飽きたよ、こんなビートには」

その瞬間に、Mさんだけじゃなくそのフロアーから一斉に全てのビートが消えた

その時、ケースがポット明るくなった。

Text

7/25

快楽的なビート。祈りのビート。

そのビートの中でみんなうっとり。SHIBUYAの地下の薄暗いダンスフロアーでみんなうっとり。

ねっとりとした空気の中で、娘を亡くした親爺もアル中のサラリーマンも僕を取り調べしていた警察官も、みんな踊っている。よくよく見ると人間ばかりではなく猿なんかの動物も混じっている。

というか、もはやみんな猿だ。よだれを垂らし糞尿を撒き散らしひたすらに快楽を求めて踊る様は獣じみてて、表情はなんだかねっとり、うっとり。

その中で僕だけが醒めた目でそれを見ていた。

_

1ヶ月半前、警察官をも洗脳する事に成功した僕は、自信をつけて精力的に働き、どんどん祈りの集会の頻度を増やしていき、それに伴い集会の規模もどんどん大きくなっていった。

集会所で祈る人々の表情は恍惚としていて、それを見て僕は満足だった。

そんなある日、僕は用事があってSHIBUYAまで来た。

普段僕はクラブなどには行かないのだが、その日はなぜか引き寄せられるようにSHIBUYAの一角にあるクラブに入った。

そこで僕は驚いた。

身なりや年齢は違えど、熱狂的に踊る若者達の表情は、僕の祈りの集会に来る人々の恍惚とした表情と酷似していたからだ。

僕は思った。この若者達も僕の宗教の集会に来る人達も、求めているものは根本的には同じなのではないか。

集会所で祈る事と、ダンスフロアーで踊る事。それぞれの延長線上にあるものが僕の頭の中で『祈りのビート』というセンテンスで結びついた。

_

斯くして、僕はSHIBUYAのクラブで祈りの集会を開くようになった。

地下のダンスフロアーで四つ打ちのビートに乗せて般若心経が唱えられる。

NUM-SHINNYO-NEHAN-KYO

老若男女がこのフレーズをビートに乗せて唱え、踊り狂っている。

黒ギャル、白ギャル、B-BOY、パンクロッカー、政治家、警察官、丸の内OL、近所のコンビニの兄ちゃん、ZIPPERの読モ、おしゃれKING、サブカル腐女子、小市民的おっさんおばはん、腰が直角を通り越して75°ぐらいまで曲がった婆、毎日皇潤を飲んでいる膝の悪い爺、

いろいろな人が快楽的に踊って「キモチイイ サイコー」とお互いに言い合い、ひたすら一つの大きな快楽の核を目指して祈りのビートを刻み続けていた。

僕を除いては。

僕はねっとりとしたダンスフロアーでひどく孤独な気持ちだった。虚しかった。

獣じみた人々の顔はものすごく気持ち悪く、僕はサイテーの気分だった。

僕が目指していたのはこのようなものだったのだろうか?

というかもともと僕は何を目指していたんだっけ?

僕は何でクラブで宗教の集会なんか開いているの?四つ打ちで般若心経唱えたりなんかして。僕はただMさんのことが好きだっただけなのになんで?あれっ、というかそもそも僕の宗教って仏教だったっけ?

と混乱して自問自答していたその時、

不意に、見た事のある顔が目に飛び込んで来た。

Mさん。

熱狂的なダンスフロアーの中にMさんの姿があった。

Text

6/12

僕は、僕はただただ

祈りたかっただけなんです。

僕は、ただただ

祈りたかっただけなんです。

他には何も求めないなんて、そんなのそんなの嘘っぱちだけど

求めだしたら、求めだしたら、欲求なんてものはどこまでもその足を速めどんどんどんどん遠くまで進んでいってしまうから

僕が支配できる範囲の求めで止めておきたかっただけです。

だからその為にも、僕は神を、仲間を募り、祈っていた、祈りたかっただけなんです

僕の言葉は、とてつもなく無情にここ、そう警察署の廊下にそれはそれは無情に響いていた。

声を荒げる人

自分の身振り手振りで状況を報告する人

どうしたわけか号泣しまくっている人

ビールが、ワンカップが、酒が飲みたいと叫ぶ人

免停なんてくそくらい、おれはちっともスピードを出した覚えはない。そもそもスピードなんてものは出すものじゃない、出ちゃうものなんだ。とうだうだ言う人

娘はもう戻ってこない、死んだ人はもう戻ってこないんだ。と、となりに霊魂が全て抜け出てしまったんじゃないかなという青ざめたにしても青ざめ過ぎだろってぐらいの顔をした妻と思われる人物を支えながら涙鼻水ぐしゃぐしゃ、ついでに表情もぐしゃぐしゃで思いの丈を伝え続けている人

ここは様々で様々だ

もの凄い人間模様が見える。

それらのざわめきを引っ括めても僕の嘆きには到底届いてはいなかった。

いやいや、逆だ

僕の嘆きは圧倒的に馬鹿げていた。

僕は声も荒げない、泣く訳でもない、叫び、言い訳を繰り返す訳でもない。ただただ、たんたんとたんたんと言葉を自分の中から摘むんできて外に出すだけだ。それは自然に

究極究極自然に

自然に自然に馬鹿げていた。

みんなは声を荒げたり泣いたり叫んだりする為の材料が心の中に、体の中にあるのに僕には、まるでない

僕はなんでなんで

僕は祈りたかっただけだ

僕は神様になりたかっただけだ、

だって祈るという行為は人類生存のことにも結びつく大きなことなのだから

でも、僕は思った。

ここにいる皆皆も祈りたいだけじゃないのか?

神になりたいだけじゃないのか?

あの泣いてる人も、叫んでる人も、ぐしゃぐしゃになっている人もみんな祈りたいだけじゃないのか?

祈って祈って、こうなりたいとか

祈って祈って、娘に戻ってきてほしいとか

免停になりたくないだとか、お酒を飲みたいだとか。

みんな神様になってみんなみんな自分の思い通りの世界を創造したいんじゃないか?

だから僕の考えに賛同した人が僅かな期間で3桁をも超したんじゃないだろうか

僕は警察に来て色々な背景をみているうちに何か、まだ全然形にはなっていないが、少し何か大きな塊を見つけた気がした。

まだまだこれからだ。

僕の担当の警察官は2名でそのうち一人は女性だ

男性と女性

と男性。

男性と女性

と僕。

二人は僕にさっきからずっと、

お前の考えは馬鹿げている

と言ってくる。

僕は何故か何故か今無償にわくわくしちゃっている。

僕は、二人が僕に対して26回目の

お前の考えは馬鹿げている

と言い終わってさすがにあちらの顔にも疲労の色が浮かんできた時を狙って、笑顔でこう言い放った

「あなたも神になりませんか?」

二人の目の色が少し変わった気がした。

Text

6/6

「あなたも神になりませんか?」

「あなたも神になりませんか?」

_

僕は公園でひたすらこのフレーズを繰り返しながらビラを配っている。

公園でビラを配り始めて一週間以上が過ぎ、今や僕が作った宗教には100人超の信者がいる。

ビラを配って最初のうちは只々白い目で見られるばかりで一向に信者が増えそうになかったので、もっとキャッチィーなフレーズが必要だと思い、僕は件のフレーズを言いながらビラを配ることにしたのだ。

これが思いのほか人々の心をキャッチィーし、一週間でこんなに信者を集めることができた。

但、問題なのは、僕は僕が唯一神の宗教を作ったはずだったのに、このキャッチィーなフレーズのおかげで100人超の信者=神が存在してしまっていることだ。

だから今現在、僕の宗教では祈りの時間というのを設けて公園でそれを行っているのだけど、皆が皆自分で自分を崇め、自分の祈りを自分自身に向けているといるという奇妙な事態となっている。

しかし僕はこれでいいのではないかと思った。

祈りとは何か実際的に救われるものではなくて、自分自身を知るための個人的なものであると僕は考えているからだ。

_

宗教・呪術・魔術は古代から存在し続けている。

その儀式や祈りの行為は端からみれば大いなる無駄な行為のように見える。

しかし古代からずっと在り続けているという事はやはり人間にとって根源的に必要なものなのである。

現代オカルトの巨匠、コリン・ウィルソンはその著書『アトランティスの遺産』の中でこのように述べている。

 「ネアンダルタール人が滅び、現世人類たるホモ・サピエンスが生き残ったのは、洞窟のなかに獲物の壁画を描き、それを槍で突くという魔術的行為を行ったからである。」

壁画を描き、それを槍で突いたところでお腹は満たされない、むしろエネルギーを浪費する行為なのだが、結果的には狩猟の成功が単なる運任せだったによるものだったのが絵を描く行為によって予知的なものとなり、それがいつしか自然の法則と結びつき、それが祈りの儀式として制度化したことで安定した狩猟の成功につながり、人類は他の動物が滅んでいく中、生き残ることができたのである。

http://x51.org/kikai/

まあ偉そうに述べてきたがこれは全て上記リンクから引用したものである。

_

祈りは直接的に僕達を救ってくれるわけではないが、回り回って結果、僕達を生かすと僕は信じている。

自分自身を知り、自分自身が生き残るために僕達は今日も公園で一生懸命祈っていた。

…祈ってたはずなのにおかしいんだ。

今、僕は警察署の中にいる。

Text

5/27

上九一色村に第七サティアン・オウム真理教ランドを復活させるだけが、新興宗教じゃないんだよ

神様は誰?神様は誰?神様は誰?

一体全体、この世界は誰が支配しているんだ

オバマか、胡錦濤か、ドフトエフスキーか、

それともしがない居酒屋のおっちゃんか、戦場の最前線で戦っている兵隊さんか、それともそれとも誰だ、誰だ、誰だ

なんなんだ

なんなんだ

なんなんだ

この世の中はなんなんだ

ちっとも分からないじゃないか

どこがどうなってるんだ

教えてくれ、教えてくれ、教えてくれ、教えてくれ

アイアムアゴッド、ゴッドイズゴッド、ゴッドイズ。

ワールドイズマイン、

世界は俺のもの

世界は俺のもの

もう誰の邪魔もさせない

俺の邪魔をしたやつは消す

もう耐えきれない、耐えきれない、耐えきれない

殺す、潰す、消す

あらゆる手段だって使ってやる

俺は王様になるんだ

俺は神様になるんだ

チンギスハンでもナポレオンでも豊臣秀吉でもヒトラーでもムッソリーニでもスターリンでも東条英機でも毛沢東でも全共闘時代に戦った若者でも池田大作でも麻原彰晃でもブッシュでもなれなかった、神様に

俺はなるんだ

唯一神。

殺される殺される殺される

誰に?

自分の中のもう一人の自分に殺される

侵される侵される

浸食される浸食される

怖い怖い怖い

僕は寝言でこんなことを言っていた。

一昨日からか、

僕はテープレコーダーにて寝言を録音し始めた

録音というか、まあ夜寝るときにテープレコーダーのスイッチを軽くカシャっと押すだけだ

それだけ。

神様になれる器かどうかは、みんなじゃない他人じゃない

自分で自分を調べる。

だって自分の一番の敵は自分なのだから、

恐怖心で人間は狂い怒りそして覚醒する

僕には、どうやら

神へなる資格がありそうだ。

僕はいったいだれなのか

僕はいったいだれなのか

分かるために、神様になる手続きをする。

今日、東京都に宗教法人法第五条に則して新しい世界の申請を出してきた

今日、また新しい扉が1つ開いた

僕は明日からビラをくばる

神への道は地道である

Text

5/26

飽きることに飽きた。

飽きた、と言っても飽きたからもう止めにできる種のものではなくて、もううんざりだけど終わりにできない。そういった意味での、飽きた。

飽き続けて飽き続けて、僕はもう飽きるという行為に疲れてしまった。

受動的ニヒリズム(Wiki参照)が世界に蔓延して、僕らはみんな疲れきっている。摩耗し続けている。

このままでは消耗して消耗して、向かうところは死だ。

これを打開するにあたって2つの方法を考えた。

_

1.自分が決して飽きないものを見つける。

2.自分がになる。

_

まず1について、

これを見つけている人は実際にいるように思える。しかし僕はこういった人達にはひどく懐疑的だ。見方によっては自己欺瞞を繰り返しているようにも思えるからだ。まあ実際のところはわからないし、少なくとも表面的には充実した人生を送っているようにも思える。

で、

ぼくの飽きないもの、ぼくのいちばん好きなもの?

人殺し?

ぼくの飽きないものは人殺しなのだろうか?

ぼくは、小3の時同級生を殺したというのは嘘だ。メッタ刺しにしただけだ。

ぼくはしばらく少年院に入れられていたが、その間とてもとても後悔した。強欲老婆を殺したわけでもないのにラスコーリニコフばりに後悔の念に苛ませられた。

ぼくは酒鬼薔薇にはなれない。 ぼくはたぶんラスコーリニコフだ。

というわけで2。とりあえず2。

ぼくはぼくが神様の宗教をつくることにした。

とりあえずWikipediaで宗教法人法を調べて、宗教法人法第五条に則って明日にでも東京都に申請してこようと思う。

I ‘m GOD 


Text

5/25

もう1つ、大きい山を起こしちゃおう、僕。

僕は1つの山を全然クリアしてないのに、こんな初夏の昼下がりに、おんぼろアパート風呂なしトイレは俄然ヴォットンちゃんの自称天才が住む家賃20000万円のワンルームで、本日6つ目のチョコモナコジャンボをぼりぼりしながら、ちんこもボリボリしながら夢見がちの少年のお目目でカレンダーにゆっくりとした眼差しを浴びせている。

あれからもうあんなに経ったのか、、。

Mさんに最後に会ってからもう1ヶ月と半月ちょっい経っていた。

その1ヶ月と半月ちょっとの間の僕はというと、まあ結構カオスで、頭の中身が真っ白であれば、外身の髪の毛も切らないし、髭なんかも剃らないからベロンベロンのびんのびん状態で、自他共に認めざるを得ない不潔野郎に成り上がっちゃってた訳で

まあれっきとした、クズ。

クズのお手本になっていた。

その間は特に引きこもってた訳じゃなくて、

Mさんにあげるはずだった、僕が初めて制作した奇形の仏像と囲碁将棋じんせーゲエムとかとかなどなどもろもろのボードゲイムを試みたり

自分のパラレル同窓会に参加したいという一身でパラレル同窓会の招待状を、アパートの郵便受けの前でニワトリが鳴き始める時間から、カラスが泣き終わる時間までずっと待ってみたり。

あまりにもこないからこの時、はじめて郵便屋のおっさんにコケコッコーやらカーカーカーやらピーヒャラやら鳥とかその他自分が知ってる擬音を発し撃った

まあ華麗にスルーだったけど。

なれているのかな?そういう状況に。まあそれはどうでもいいけどね。

それから

僕がカーカーカーとか言っている内に打ち解けたカラスのロドリゲスジュニア先輩とかいう奴に、前に買ってまだ余っていた甘鮭か塩鮭かどっちか解らない鮭をあげたりしたり

どこにでもあるような公園の、なんてないような公衆便所に落書きを施してみたり

ちなみに、なんて落書きしたかというと、僕は幸せになりたいけど何かまだ少し無理そうなのでとりあえず今は1日1日を大切にしてくところから始めようと思うよう。とかそんな風な感じの言葉を優し目のタッチでね

描いたりした。

空っぽになってからが勝負だと思った。

とも描いたりした

その時はまだ自信がなかった1番の時だったから、それはそれは目立たない場所にポツンとひっそりと描いたけどね

でも、こんなことを1ヶ月と半月、ってことはまあ大体45日ぐらい続けてたら、はじめよりは気分が良くなってきたし、そもそもこの行為にも飽きてきちゃった訳で僕は新しいことを始めなきゃなあ〜とか思い始めてて、今ちょうどここにいる。

ここ

にいる。

新しいことを始める為に、何しようかな〜と思っている時間が5日間ぐらいダラっと続いて、その後それに対する後悔で2日間ぐらい潰れて、まあ丸7日。1週間ぐらい無駄にした。

この状況はよくないと思って、まず何か始める為に、僕はいったい何が好きなんだろうと。

それを自分自身で解ろうと思い、つい今さっきからA3のコピー用紙の左上に

僕の好きなもの。

と描いて、好きなもの相関図を作り出している

僕は何が1番好きなのか、

まずは自分を知って自分を少しでも好きになろうと思う。

だって今の自分なんか、自分が女性だったら絶対に好きにならない

この言葉は完全に受け売りだけど、いい言葉はいい言葉だから言いたい

よし、まずは何だろうか。

僕は

とりあえず紙に

人殺し

と描いた


簡単なことだ

Text

5/23

昨日街で、

幸せになりたい、

幸せになりたい、

幸せになりたい、

と呟いてばかりいるとても不幸そうな人がいた。

本当の幸福のために本当の不幸を、

本物の快楽のために本物の苦しみを、

ハンバーガーなんて食わないでいいかげんな食堂でまずいうどんを食おう。

便所の落書きを大切にしよう。

_

近所のとても親切な人が憐れんで自転車を貸してくれた。

タンクトップ・サンダル履き、淡々と自転車を漕ぐ。

五月の終わり、タンクトップは勿論まだまだ寒い。

自転車を漕いで漕いで、空っぽになる。

空っぽになってからが本当の勝負なんだ、

なぜかそう思った。

Text

5/20

僕は馬鹿だ

僕はすごく馬鹿だ

すぐに色々なモノを亡くす

大事だと、それがそれがとてつもなく大切だと思っていてもなくしてしまう。

なんでだろう

なんでだろう

わからない。

ごめんね。ごめんね。ごめんね。

何がごめんなのだろう、

幸せにしたあげられないなら、はじめから幸せにするなんて言わなければいい。

大切にできないのであれば、はじめから大切にするなんて言わなければいい。

でも、

どうしても

言ってしまう。

それに言ってしまった。

本当に大切だったんだよ。本当に幸せにしてあげたかったんだよ。

無責任でごめんね

ごめんねという言葉は、とても難しい。

でも、本当に本当に、

_

_

自分が弱いから叫ぶ

自分が弱いから喚く

自分が弱いから暴れる

自分が弱いから強いふりをする。

僕は僕というキャラになりきる

僕はみんなが思っている程、

全然全然だ。

僕はみんなが好きだ

僕はとてもとてもみんなが好きだ

僕が一番怖いことは、僕の周りから僕が好きな人たちがいなくなってしまうことだ。

僕は、だからずっと一緒にいて欲しいから、僕らしく僕らしく、しようとなんかフリをする

演じる

ピエロになる。

でも、それはそれは全部

ただただ幸せになりたいだけだ。

ずっーとずっーと僕の好きな人たちといたいだけだ。

もうなにもなくてもいいからみんながみんながいてくれればそれでいい

お金とか名誉とか、欲しくないなんて言わない、本当に本当に欲しい。

けど、1番欲しいのは、

そこにていいよ。

のひとこと

長い長い道のりでどのくらいの人に会い、そして別れるのか

僕は今をいきたい

僕は歩いても歩いても草臥れてでもいいから、色々なモノを自分の目で確かめたい。

経験して、経験して、喜んで泣いて喚いて

それでもいいから

それでもいいから

僕は歩く。

ラブミーテンダーを歌う。

ラブミーテンダーと歌う。

歌いながら今日も僕は歩く。

靴はまだまだ穴もあいていない。

空では、エルヴィス・プレスリーも清志郎も笑ってくれている。

僕はまだまだどこまでもいけそうだ